そう、思えば小さい頃からダンパーペダルが好きだった。広がって伸びていく音が好きだったのだ。
指がなまるから上手になるまではあまり使っては駄目と先生に止められたけれど、ダンパーペダルを使う部分が近付くとわくわくして、早く沢山ペダルを使う曲を弾きたくて仕方なかった。
フィッシュマンズを久々に聴きながら、音楽遺伝子の存在について考えながら、そんなことを思い出していた。ぼんやりと広がる音が好きなのは、いつからだったのだろうか。おなかの中にいた時から?
視覚的にもぼんやりとして明るいものが好きだったりする。それはいつから?
音楽の好みというと漠然としていて幅広いけれど、好きな周波数というのは何となく遺伝してる気がする。
私にとって未来的だと感じる音を聴くと脳内で飛行機が飛んでる感覚がする。右に振られ、左に振られ、せわしない。一度聴いてもう斬新ではなくても、確実にその過去、未来の時間軸は私の中の指標としてその周波数が刻み込まれている。テルミンの音は世界最古の電子音でありながら、未だに未来的なものとして感じられるのだ。
しかし、産まれた時からずっとテクノばっかり聴かせて育てた子供に、ある日突然クラシックを聴かせたら、その子供は一体どう感じるのだろう。生音が未来的だと感じるのだろうか。
感覚、色と音楽を組み合わせる。恐らく、絶対音感が後天的に取得可能であるのと同じように、色彩+音楽の共感覚も後天的に身に付けられるのでは。どうやってリンクされるのかは分からないけれど、確実に音には色も形もある。どんな音楽を聴いても、無味無臭ではないのだ。
Tuesday, November 17, 2009
Monday, November 16, 2009
せつなさとの拮抗
失われた10年どころか、むしろ失われた30年だったのかも、とか思ったり。ready for the blue, butみたいな。
バブリーな頃の記憶といえば、そう、あの頃、家をリフォームしたのに一年経たずに壊して新しいの建てちゃったり。なんか変な毛皮の敷物とか買って、ででーんと居間に置いちゃったり。ふりふりのドレス買ってもらったり。勿体無いの嵐。
でも、日本中がそうだったのだ。
不況でも人生を楽しまなきゃ。
先が暗いと思うと予定調和みたいにどんどん暗い未来が決定付けられてしまう。
人と比較して優越感を抱く種類の嫌らしさが苦手で、だからこそナルシストがいいのだと。そのくらいのアクを身に付けたい。
音楽を沢山聴くようになって、会話中にイメージ画像がいくつも浮かぶことが多くなったわ。
思えば60年代くらいでストップしてたからね、私。90年代まで進めばかなり進化してるってことで。むしろ2000年に入って退化しちゃってるかも、みたいな感じで。山有谷有ってな具合で。
バブリーな頃の記憶といえば、そう、あの頃、家をリフォームしたのに一年経たずに壊して新しいの建てちゃったり。なんか変な毛皮の敷物とか買って、ででーんと居間に置いちゃったり。ふりふりのドレス買ってもらったり。勿体無いの嵐。
でも、日本中がそうだったのだ。
不況でも人生を楽しまなきゃ。
先が暗いと思うと予定調和みたいにどんどん暗い未来が決定付けられてしまう。
人と比較して優越感を抱く種類の嫌らしさが苦手で、だからこそナルシストがいいのだと。そのくらいのアクを身に付けたい。
音楽を沢山聴くようになって、会話中にイメージ画像がいくつも浮かぶことが多くなったわ。
思えば60年代くらいでストップしてたからね、私。90年代まで進めばかなり進化してるってことで。むしろ2000年に入って退化しちゃってるかも、みたいな感じで。山有谷有ってな具合で。
Saturday, November 14, 2009
歴史は繰り返す
たのしい制約。
人がクリエイティブな能力を最大限に発揮できるのは、少し制約がある時である、という、アンビバレンツな真実について。
つまり、なんでも自由にできるとしたら、人はかえって困ってしまうということ。そんな幸福な不幸を抱えた人を見ていると、うーん。
テーマを作りましょうよ、と思う。
自分テーマ曲。
自分モチーフ。
自分色。
自分史。
そうすれば、どんどんナルシストになれるでしょう?
いーじゃない、ナルシストで。
ふと、俺様の対義語って何?と思ったりする。
私は男の人も使うから、私様なんてないのね。
草食男子が増えてきた昨今、あたらしい一人称が必要なのでは、とか思ったり。
何がいいんだろう。
あ!そうか。今更だけど、2chのモレはそんな感じで出現したのか。
うーん、奥が深いのか、深くないのか。
微妙なところだ。
ってことは、ニョレ、とか、そんな感じがいいのか。うーんうーん。
日本語って難しい。
人がクリエイティブな能力を最大限に発揮できるのは、少し制約がある時である、という、アンビバレンツな真実について。
つまり、なんでも自由にできるとしたら、人はかえって困ってしまうということ。そんな幸福な不幸を抱えた人を見ていると、うーん。
テーマを作りましょうよ、と思う。
自分テーマ曲。
自分モチーフ。
自分色。
自分史。
そうすれば、どんどんナルシストになれるでしょう?
いーじゃない、ナルシストで。
ふと、俺様の対義語って何?と思ったりする。
私は男の人も使うから、私様なんてないのね。
草食男子が増えてきた昨今、あたらしい一人称が必要なのでは、とか思ったり。
何がいいんだろう。
あ!そうか。今更だけど、2chのモレはそんな感じで出現したのか。
うーん、奥が深いのか、深くないのか。
微妙なところだ。
ってことは、ニョレ、とか、そんな感じがいいのか。うーんうーん。
日本語って難しい。
Friday, November 06, 2009
アイデンティティ
生きていくために必要なものは、
お金なんかじゃなくて、、と何も知らずにつっぱっていたあの頃。
思い出そう。
とがった部分は、何かが欠けてしまっていたからで、
大好きなものを諦めてしまったからで、
さよならリグレット。
高尚とされている知識は、生きていくためには何の役にも立たない。
でも、人が悲しい瞬間や、せつないときに叫ぶ歌を聞くと、心が動く。
前よりも世の中の仕組みはわかるようになったけれど、
大切なことは、違うところにあった。
ただ忘れていただけだった。
音楽を聴くとその曲の形のイメージが湧き上がる。
たまに小さなまるがぽろぽろとこぼれ落ちる、まるい、まるい曲ばかり聴いている。
歳をとっても、子供で、ポエマーでいたい自分を許すことができれば、
きっと心が暖かくなって、
とがらずにまるく、まあるく生きていけるはず。
日によって人に見せる部分は違っていて、満ちたり欠けたりを繰り返すけれど、
ほんとはまあるい月みたいに。
お金なんかじゃなくて、、と何も知らずにつっぱっていたあの頃。
思い出そう。
とがった部分は、何かが欠けてしまっていたからで、
大好きなものを諦めてしまったからで、
さよならリグレット。
高尚とされている知識は、生きていくためには何の役にも立たない。
でも、人が悲しい瞬間や、せつないときに叫ぶ歌を聞くと、心が動く。
前よりも世の中の仕組みはわかるようになったけれど、
大切なことは、違うところにあった。
ただ忘れていただけだった。
音楽を聴くとその曲の形のイメージが湧き上がる。
たまに小さなまるがぽろぽろとこぼれ落ちる、まるい、まるい曲ばかり聴いている。
歳をとっても、子供で、ポエマーでいたい自分を許すことができれば、
きっと心が暖かくなって、
とがらずにまるく、まあるく生きていけるはず。
日によって人に見せる部分は違っていて、満ちたり欠けたりを繰り返すけれど、
ほんとはまあるい月みたいに。
Friday, September 25, 2009
Monday, September 14, 2009
深夜の屋台
女3人、深夜の飲み会。
通り過ぎていく人達。
イチゴイチエを繰り返す。出会って、また別れて、その選択の繰り返し。
非日常的なものではあるけれど、ドラマのハイライトが凝縮されたもの、を受け取って、ギュっと握り締めて、襷を渡す。いつの間にか雨が止んでいて、忘れかけていた大切なことを思い出す。
弱い弱い自分。でも弱さを曝け出せるようになって少しだけ強くなった。
たくさんお酒を飲んで、笑って、またね・・と日常へ戻っていく。
また会おうね。
また飲もうね。
通り過ぎていく人達。
イチゴイチエを繰り返す。出会って、また別れて、その選択の繰り返し。
非日常的なものではあるけれど、ドラマのハイライトが凝縮されたもの、を受け取って、ギュっと握り締めて、襷を渡す。いつの間にか雨が止んでいて、忘れかけていた大切なことを思い出す。
弱い弱い自分。でも弱さを曝け出せるようになって少しだけ強くなった。
たくさんお酒を飲んで、笑って、またね・・と日常へ戻っていく。
また会おうね。
また飲もうね。
Thursday, September 10, 2009
最後の教室
「最後の教室」は人間の不在を表現したもので、
タクシーの運転手さんに促されるまま連れて行かれたものの、体育館の舞台からぼんやりと扇風機に揺れるランプを眺めていると、少しトリップしてしまいそうになった。
むせ返るような草のにおいは、小さい頃、どこかでかいだ、そのままの懐かしい記憶を彷彿とさせる。
お化け屋敷、という感想は、きっと子供にとってはそう感じられるだろう、とは思うのだけれど、
ただ単に不気味さ、怖さを表現したというよりは、もっと淡々としていて、でもどこかに荘厳さがある、そんな作品だった。
夜にこの作品の中に一人で入れと言われたら、、確かに躊躇してしまうけれど。
夜の学校に忍び込みたい願望は、誰もが一度は抱くのではなかろうかと思うのだけれど、
子供にとって決定的な何かが起きたとき、ぼんやりしながら、夜の学校に忍び込んだ夢、のような作品であり、外に出るとき、目が覚めるような、どこか開放されたような気持ちになる。
つまり、正真正銘、「最後」なのである。はじまりではなく、作品から出た瞬間に全てが終る。
だからこそ、この作品に対して抱くイメージは、その瞬間のその人自身の「最後」に相対する心情に大きく左右されるのではないか、と思った。
タクシーの運転手さんに促されるまま連れて行かれたものの、体育館の舞台からぼんやりと扇風機に揺れるランプを眺めていると、少しトリップしてしまいそうになった。
むせ返るような草のにおいは、小さい頃、どこかでかいだ、そのままの懐かしい記憶を彷彿とさせる。
お化け屋敷、という感想は、きっと子供にとってはそう感じられるだろう、とは思うのだけれど、
ただ単に不気味さ、怖さを表現したというよりは、もっと淡々としていて、でもどこかに荘厳さがある、そんな作品だった。
夜にこの作品の中に一人で入れと言われたら、、確かに躊躇してしまうけれど。
夜の学校に忍び込みたい願望は、誰もが一度は抱くのではなかろうかと思うのだけれど、
子供にとって決定的な何かが起きたとき、ぼんやりしながら、夜の学校に忍び込んだ夢、のような作品であり、外に出るとき、目が覚めるような、どこか開放されたような気持ちになる。
つまり、正真正銘、「最後」なのである。はじまりではなく、作品から出た瞬間に全てが終る。
だからこそ、この作品に対して抱くイメージは、その瞬間のその人自身の「最後」に相対する心情に大きく左右されるのではないか、と思った。
Thursday, August 27, 2009
Monday, August 10, 2009
taisetsu
大切なこと忘れてたり。
こういう風に、生きるのラクになった分だけ、
誰かが傷付いてないかと不安になったり。
そういうゆらぎこそ、大切なもの。
つまり、それが人間らしいということ。
この絶妙なバランスを失いたくない、、けれど、
やじろべーのようでいて、
実はそうじゃなくて、
どちらかをを選ぶべき時が来るってこと、
私は知ってた。
こういう風に、生きるのラクになった分だけ、
誰かが傷付いてないかと不安になったり。
そういうゆらぎこそ、大切なもの。
つまり、それが人間らしいということ。
この絶妙なバランスを失いたくない、、けれど、
やじろべーのようでいて、
実はそうじゃなくて、
どちらかをを選ぶべき時が来るってこと、
私は知ってた。
Monday, July 27, 2009
思春期
少し、柔らかくなっている自分がいた。
それは笑顔だったり、話し方だったり、ちょっとした動作だったりするのだけれど。
そういう時、優しい時間が増える。
他人の小さな親切がとても嬉しく感じられる。
くだらないことに大笑いする。
大切にしたいものが増える。
こういう時間が過ごせるということが、幸せっていうことなんじゃないかなあ、と思うのです。
それは笑顔だったり、話し方だったり、ちょっとした動作だったりするのだけれど。
そういう時、優しい時間が増える。
他人の小さな親切がとても嬉しく感じられる。
くだらないことに大笑いする。
大切にしたいものが増える。
こういう時間が過ごせるということが、幸せっていうことなんじゃないかなあ、と思うのです。
Friday, July 24, 2009
de-gu-chi
例えばこのブログみたいに、読む相手を想定していないもの。
例えば日々、ぼんやりと考えていること。
そういうことを共有できる人が一人できて、二人できて、、
そうすると、だんだん、出口が出来てくる。
出口が出来ると、期待が生まれる。
そして、俄かに幻滅する。
自分に。そして、他人に。
都会の中の緑は近くて遠くて、
でも、穏やかな時間はとても懐かしくて。
どこかで共有していたという幻想に駆られて。
それは決して悲観的なものではなく、
そうやって出口を求め続けるということが、
「人生というものよ」
と、遠くで誰かが呟いている。
久々に、出てみようか。
弾いてみようか。
ステージは、今の私には少し遠すぎるけれど、
こうやって同じことを繰り返していくことも、
「人生というものよ」。
例えば日々、ぼんやりと考えていること。
そういうことを共有できる人が一人できて、二人できて、、
そうすると、だんだん、出口が出来てくる。
出口が出来ると、期待が生まれる。
そして、俄かに幻滅する。
自分に。そして、他人に。
都会の中の緑は近くて遠くて、
でも、穏やかな時間はとても懐かしくて。
どこかで共有していたという幻想に駆られて。
それは決して悲観的なものではなく、
そうやって出口を求め続けるということが、
「人生というものよ」
と、遠くで誰かが呟いている。
久々に、出てみようか。
弾いてみようか。
ステージは、今の私には少し遠すぎるけれど、
こうやって同じことを繰り返していくことも、
「人生というものよ」。
Friday, July 17, 2009
Thursday, July 09, 2009
流れに乗る
朝目が覚めたら大損していた。
そこで初めて怖さが分かる。
でもアジアタイムでは買戻しが進んでいるので、元本割れは避けられそうだ。
思えば最初は訳も分からず、恐ろしい買い方をしていたなー。。
しかし、超基礎的な知識とチャートの見方、ニュースとの連動のさせ方などが何となく分かってきたので、これ以上の失敗はない?はず、、
そうなのだ。これは投資じゃなくて、投機だってことを忘れちゃいかんねえ。
余剰資金でやらないと、胃が痛くなりそうだ。っていうか、余剰資金でも悲しくなる。
しかし、純粋に知的好奇心の対象として考えてみると、確かにかなり面白いゲームかもしれない。
私は感覚人間なので、ゲーム脳ではありませんが、、
そこで初めて怖さが分かる。
でもアジアタイムでは買戻しが進んでいるので、元本割れは避けられそうだ。
思えば最初は訳も分からず、恐ろしい買い方をしていたなー。。
しかし、超基礎的な知識とチャートの見方、ニュースとの連動のさせ方などが何となく分かってきたので、これ以上の失敗はない?はず、、
そうなのだ。これは投資じゃなくて、投機だってことを忘れちゃいかんねえ。
余剰資金でやらないと、胃が痛くなりそうだ。っていうか、余剰資金でも悲しくなる。
しかし、純粋に知的好奇心の対象として考えてみると、確かにかなり面白いゲームかもしれない。
私は感覚人間なので、ゲーム脳ではありませんが、、
Saturday, July 04, 2009
早朝
早起きは三文の徳?
ヨガは何度かトライしたことはありますが、朝ヨガは初めての経験でした。
つらい、修行だよそれ、とかブツブツ呟いている人もいましたが、
いざやってみると、とても清々しい気持ちになりました。
シブヤで清々しい朝を迎えるなんて、何だろう。夜遊びして疲れてるはずなのに、なんか異常にハイテンション、どんとこい山田、みたいな。
あ、それは駄目ですね。
とにかく気持ちいいので、朝ヨガ、お勧めです。
いい一日が送れそう。朝の最初の挨拶が爽やかな笑顔だと、いい空気になりますねー。
ヨガは何度かトライしたことはありますが、朝ヨガは初めての経験でした。
つらい、修行だよそれ、とかブツブツ呟いている人もいましたが、
いざやってみると、とても清々しい気持ちになりました。
シブヤで清々しい朝を迎えるなんて、何だろう。夜遊びして疲れてるはずなのに、なんか異常にハイテンション、どんとこい山田、みたいな。
あ、それは駄目ですね。
とにかく気持ちいいので、朝ヨガ、お勧めです。
いい一日が送れそう。朝の最初の挨拶が爽やかな笑顔だと、いい空気になりますねー。
Monday, June 29, 2009
yuru-yuru
ぼんやりとした暖かさがすきなのは、
「朝日と夕日が当たる家」がすきだから。
大切なことは、いつも目には見えない。
マイナスの優しさを大切にして生きてきたのに、そんな自分をすっかり忘れていた。
当たり前のように聴いている曲の歌詞をずっと知らなかったみたいに。
「朝日と夕日が当たる家」がすきだから。
大切なことは、いつも目には見えない。
マイナスの優しさを大切にして生きてきたのに、そんな自分をすっかり忘れていた。
当たり前のように聴いている曲の歌詞をずっと知らなかったみたいに。
Saturday, June 27, 2009
輪廻する
思い出しました。
そうなんです。アウトプットがやたらしたくなる時って、ちょっと視野が狭くなっている時なのです。
これ以上狭くなってどうするの。
のほほんとした休日は、何よりの幸せ。
という訳で、しばらく自粛しましょう。
越後妻有にでも行って来ようかな。
そうなんです。アウトプットがやたらしたくなる時って、ちょっと視野が狭くなっている時なのです。
これ以上狭くなってどうするの。
のほほんとした休日は、何よりの幸せ。
という訳で、しばらく自粛しましょう。
越後妻有にでも行って来ようかな。
Thursday, June 25, 2009
追求しすぎない
そうそう、FX初心者丸出しの私ですが、
今のところ負けナッシング。赤字ナッシング。
これがもう不思議なことに、なんかやたらマメで几帳面な人になってしまう。
レンジを読んで売り買いやって、想定外なことが起きた時のためにストップかけていれば、大損することはない、、気がするんだけど、一体、どこに落とし穴があるんだろう。。
というか、欲張っちゃ駄目ってことね。
いやいや、欲張るつもりはないわ。これがまた。全然。
さて、そろそろレバレッジを20にしようか!!
あはははは。
とりあえず、経済とか金融ってかなりの苦手分野だったので、色んな意味で新鮮だわ。どこをソース源として情報収集するか、パーセンテージを決めてマップを作成しなければ。
でも、追求しすぎず直感でやった方が当たる、、気がしなくもない。
だって頭でっかちになればなるほど、シンプルな決断は難しくなるものよ。
緑を触っていると落ち着く。
すごくホッとする。
ヤツデを引っこ抜いたら、カエルの親子がいた。フキじゃなくてごめんね。
東京カエルは夏はどう過ごしているのでしょう。
今のところ負けナッシング。赤字ナッシング。
これがもう不思議なことに、なんかやたらマメで几帳面な人になってしまう。
レンジを読んで売り買いやって、想定外なことが起きた時のためにストップかけていれば、大損することはない、、気がするんだけど、一体、どこに落とし穴があるんだろう。。
というか、欲張っちゃ駄目ってことね。
いやいや、欲張るつもりはないわ。これがまた。全然。
さて、そろそろレバレッジを20にしようか!!
あはははは。
とりあえず、経済とか金融ってかなりの苦手分野だったので、色んな意味で新鮮だわ。どこをソース源として情報収集するか、パーセンテージを決めてマップを作成しなければ。
でも、追求しすぎず直感でやった方が当たる、、気がしなくもない。
だって頭でっかちになればなるほど、シンプルな決断は難しくなるものよ。
緑を触っていると落ち着く。
すごくホッとする。
ヤツデを引っこ抜いたら、カエルの親子がいた。フキじゃなくてごめんね。
東京カエルは夏はどう過ごしているのでしょう。
Tuesday, June 23, 2009
アンビバレンツ
得意なのはアンビバレンツ。
AB型の宿命。
思ったより普通なんだな私。と悟って自分を出すようにしたら、
かえって変わってるよね、如実に、それはもう。と言われるようになった。
今年に入ってからしみじみと言われる。
まあそういうものなのかも。イエイイエイ!!
個性の強さを尊重してくれる友人は宝物。
そして開き直りは得意技。
もし年利12パーセントで資産運用できたら、何パーセントかは寄付しよう。どこぞの国に。
お金はどこかで消費されるのだから、ロケーションが変わるだけ。
塵というかミジンコみたいな大きさでも、積もれば山となる。
資本主義社会なんて大嫌いだから、猫も杓子もFX。
猫だってキーボードを踏めばお金を稼げる。
うちの子の得意技は、損切り。
失敗経験談に勝る教訓はないのです。
ところで、なんかこう、村上春樹さん読んだ後に文体変わる方多い。たぶん65度くらい変わってる。
影響力の大きさをひしひし、、この伝染力。素晴らしいのか。素晴らしいんだろうね。次は誰か「伝染力」っていうタイトルの本出さないかなー。色んな意味で旬でしょ。
まとまらない。あ、クーリエ読まねば。
AB型の宿命。
思ったより普通なんだな私。と悟って自分を出すようにしたら、
かえって変わってるよね、如実に、それはもう。と言われるようになった。
今年に入ってからしみじみと言われる。
まあそういうものなのかも。イエイイエイ!!
個性の強さを尊重してくれる友人は宝物。
そして開き直りは得意技。
もし年利12パーセントで資産運用できたら、何パーセントかは寄付しよう。どこぞの国に。
お金はどこかで消費されるのだから、ロケーションが変わるだけ。
塵というかミジンコみたいな大きさでも、積もれば山となる。
資本主義社会なんて大嫌いだから、猫も杓子もFX。
猫だってキーボードを踏めばお金を稼げる。
うちの子の得意技は、損切り。
失敗経験談に勝る教訓はないのです。
ところで、なんかこう、村上春樹さん読んだ後に文体変わる方多い。たぶん65度くらい変わってる。
影響力の大きさをひしひし、、この伝染力。素晴らしいのか。素晴らしいんだろうね。次は誰か「伝染力」っていうタイトルの本出さないかなー。色んな意味で旬でしょ。
まとまらない。あ、クーリエ読まねば。
Friday, June 19, 2009
あんまり変化はないけど
増えたと思うのは世間一般的な常識。
でも根本的には変わらず。
たまにはね、そう、たまには。
みなさんに沢山の幸せが降り注ぎますように。
と、神様に祈ってみる。
願いを叶えるため、というよりも、
そういう風に願う瞬間を持てることが、
”神様”のいる意義なのではなかろうか、と最近思うのです。
ウォン・カーウェイ監督の作品は昔とても好きだったけれど、
違う意味で泣いたような記憶があって、
甘い作品なのかもしれないけれど、
そうだ。
この色彩感覚とか、
眠れないとき目を閉じた瞼の裏に見える景色にとても良く似ていて、
それはそれは懐かしい。
絶望的な瞬間って、ただ何も言わず側にいてくれるということが、
何よりも力になるんだ、
ということをすっかり忘れていて、
長いこと現実にどっぷり漬かっていたなあ、と、少しだけセンチメンタルに浸ってみる。
それは、とても久し振りのことだった。
変わらないようでいて、ざわざわしていて、
もう少しだけ、と平穏を保っている。
それでも、きっと近いうちに、何かが変わるからなんだろう。
でも根本的には変わらず。
たまにはね、そう、たまには。
みなさんに沢山の幸せが降り注ぎますように。
と、神様に祈ってみる。
願いを叶えるため、というよりも、
そういう風に願う瞬間を持てることが、
”神様”のいる意義なのではなかろうか、と最近思うのです。
ウォン・カーウェイ監督の作品は昔とても好きだったけれど、
違う意味で泣いたような記憶があって、
甘い作品なのかもしれないけれど、
そうだ。
この色彩感覚とか、
眠れないとき目を閉じた瞼の裏に見える景色にとても良く似ていて、
それはそれは懐かしい。
絶望的な瞬間って、ただ何も言わず側にいてくれるということが、
何よりも力になるんだ、
ということをすっかり忘れていて、
長いこと現実にどっぷり漬かっていたなあ、と、少しだけセンチメンタルに浸ってみる。
それは、とても久し振りのことだった。
変わらないようでいて、ざわざわしていて、
もう少しだけ、と平穏を保っている。
それでも、きっと近いうちに、何かが変わるからなんだろう。
Friday, June 05, 2009
最終的なアウトプット
沖縄じゃじゃJAL。
5倍の紫外線↑にもめげずにパクパク食べるよぶどう海。
ザ・ミニチュア・トーキョーと呼ぶに相応しい赤、首里。今はまわらない白円形。
送られてくる小さなケータイ写真に安堵する朝。
北海道で成し遂げた1日1キロという記録には到達しないけれど、A&Wのビアーは危険区域だったの。
旅は準備している時が楽しい。
今は旅の準備期間で、ハムハム太郎と闘っている。
5倍の紫外線↑にもめげずにパクパク食べるよぶどう海。
ザ・ミニチュア・トーキョーと呼ぶに相応しい赤、首里。今はまわらない白円形。
送られてくる小さなケータイ写真に安堵する朝。
北海道で成し遂げた1日1キロという記録には到達しないけれど、A&Wのビアーは危険区域だったの。
旅は準備している時が楽しい。
今は旅の準備期間で、ハムハム太郎と闘っている。
Wednesday, May 27, 2009
森という名の都会
都会の真ん中、東京タワーがででんと目の前にそびえる美術館、It's mori! に行ってきた。
現代美術とやらと向き合う時、最初は何となく疲弊する。でも、囲いで覆われた別世界を出ると、よく分からないエネルギーが蓄積されていることに気付く。
それは、絶妙なロケーションによるマジックなのかもしれないけれど。
お金ではなく、もっと大きな何者かと闘っている人達の作品は、痛々しい。それはそれは壮絶な闘いが繰り広げられている。やり尽くされた手法から、少しでも新しいモノを生産する為に、身を削っている人達。それが斬新かどうかの判断は、一体誰が下すんだろう、とぼんやり思った。そんな神みたいな権限、持っていいんだろうか。聞け、答えよ、と笑いながら禅問答しているラサの一コマ。
どっと疲れた後、エスカレーターを下ると、小さなビルが沢山見える。小さな東京タワーが見える。行きと同じはずなのに、違う景色に見える。
昼間見る東京タワーの方が贅沢に思えた。
自由に楽しく生きている人が一番、という誰かが言ったコトバと、村上龍の「無趣味無趣味」が頭の中で交錯していた。でも、すごく清々しくて、アイスが美味しかった。そんな一日だった。
現代美術とやらと向き合う時、最初は何となく疲弊する。でも、囲いで覆われた別世界を出ると、よく分からないエネルギーが蓄積されていることに気付く。
それは、絶妙なロケーションによるマジックなのかもしれないけれど。
お金ではなく、もっと大きな何者かと闘っている人達の作品は、痛々しい。それはそれは壮絶な闘いが繰り広げられている。やり尽くされた手法から、少しでも新しいモノを生産する為に、身を削っている人達。それが斬新かどうかの判断は、一体誰が下すんだろう、とぼんやり思った。そんな神みたいな権限、持っていいんだろうか。聞け、答えよ、と笑いながら禅問答しているラサの一コマ。
どっと疲れた後、エスカレーターを下ると、小さなビルが沢山見える。小さな東京タワーが見える。行きと同じはずなのに、違う景色に見える。
昼間見る東京タワーの方が贅沢に思えた。
自由に楽しく生きている人が一番、という誰かが言ったコトバと、村上龍の「無趣味無趣味」が頭の中で交錯していた。でも、すごく清々しくて、アイスが美味しかった。そんな一日だった。
Sunday, May 24, 2009
どこまでも演出
在学中、福田和也さんの本を読んだことは無かった。
強いていえば、spaの連載をたまに読んでいたくらい。当時は、うら若い(?)女子大生だけどオヤジ本を持っている私はそう、ギャッパーなのよ、という適当な感じでspaを持っていた。
きっとそれが自分なりの抵抗だったのだと思う。世間的な記号だとか、ブランド力だとか、そういったものに対する、無意識的な逆ナルシシズム。否、もしかすると、記号に傾倒したり、分類してしまうと、自分がフツーだということに気付いてしまう、だからこそ、人と違うんだぞ的な匂いを漂わせたかったという、真っ青なナルシシズムだったのかもしれないけれど。
今になって福田さんの悪の~シリーズを読んでいると、「演出」だとか、そういった打算的なものに対する抵抗感はすっかり薄れていることに気付かされる。
それでも、少し思う。どんな人でも持っているであろうナルシシズムを、これでもかとわざわざ突きつけて、どうせならもっとあざとくやろうぜ、的な提案をしなくてもいいのでは、と。
と同時に、もし反発心を煽ることが目的であれば、その通りに反応してしまったら、彼の思うツボなのでは、、とか。
要は、みんなが曖昧にしていたいけれど、隠しておきたいけれど、それはもう如実に知的レベルの階級は存在しているね、ってことを、突きつけたい。でも、そうすると、それを認めたくない人達が反発したりする。それすらも、彼の目論見の中に含められていて、こんな嫌な奴を論破してみろ、とあっかんベーしている。
サービス精神旺盛な「悪役」がいないとプロレスは盛り上がらないのだ。だからこそ、タイトルに「悪の~」と分かりやすく示してる。
まさにこれは「毒本」であり、良質のガイドブックである。
彼の目論見通り、もっと沢山本を読もうと思った。読んでいること自体がアピールになるような本を、できるだけ沢山。
強いていえば、spaの連載をたまに読んでいたくらい。当時は、うら若い(?)女子大生だけどオヤジ本を持っている私はそう、ギャッパーなのよ、という適当な感じでspaを持っていた。
きっとそれが自分なりの抵抗だったのだと思う。世間的な記号だとか、ブランド力だとか、そういったものに対する、無意識的な逆ナルシシズム。否、もしかすると、記号に傾倒したり、分類してしまうと、自分がフツーだということに気付いてしまう、だからこそ、人と違うんだぞ的な匂いを漂わせたかったという、真っ青なナルシシズムだったのかもしれないけれど。
今になって福田さんの悪の~シリーズを読んでいると、「演出」だとか、そういった打算的なものに対する抵抗感はすっかり薄れていることに気付かされる。
それでも、少し思う。どんな人でも持っているであろうナルシシズムを、これでもかとわざわざ突きつけて、どうせならもっとあざとくやろうぜ、的な提案をしなくてもいいのでは、と。
と同時に、もし反発心を煽ることが目的であれば、その通りに反応してしまったら、彼の思うツボなのでは、、とか。
要は、みんなが曖昧にしていたいけれど、隠しておきたいけれど、それはもう如実に知的レベルの階級は存在しているね、ってことを、突きつけたい。でも、そうすると、それを認めたくない人達が反発したりする。それすらも、彼の目論見の中に含められていて、こんな嫌な奴を論破してみろ、とあっかんベーしている。
サービス精神旺盛な「悪役」がいないとプロレスは盛り上がらないのだ。だからこそ、タイトルに「悪の~」と分かりやすく示してる。
まさにこれは「毒本」であり、良質のガイドブックである。
彼の目論見通り、もっと沢山本を読もうと思った。読んでいること自体がアピールになるような本を、できるだけ沢山。
Thursday, May 21, 2009
エッセッセエッセイ
最近、エッセイばかり読んでいる。
さらっと読める、ということもあるけれど、どうも小説を読むほど空想に耽りたい気分ではないらしい。ハマレナイのだ。
エッセイとは日常生活の「小」発見総まとめ、みたいなものであり、会話に出すほどのものではない、話言葉にすると、途端にその価値が薄れちゃうような気がする、でもこれ、このつぶやき、誰かに聞いて欲しいんだよね、聞いてくれるだけでいいんだけど、みたいな、腰の低さが好きだ。しかし、重さ的には小説10冊分くらいになるのではなかろうか、と思えるような名言がポンと飛び出したりするので、油断できない。
とにかく、これをテーマに書きました!愛!!みたいな、そういう重さを求めたくない時期らしい。
という訳で、いとうせいこうのボタニカル・ライフを読んでいる。
カレル・チャペックを読んだ時には、園芸家と自分とに大きなギャップを感じてしまったけれど、せいこうさんのエッセイを読んだらとても触発され、こっそり裏庭の土をいじりたくなってくる。さっそくアボカドを買ってこようかという気になってくる。種をゲットする為に。
お手軽だからこそ楽しく、責任はなく、思いつめずに、気付くとどんどんはまっていく。
そんな楽しみを沢山見つけたい。
その為のヒントとして、エッセイを読んでいる。
さらっと読める、ということもあるけれど、どうも小説を読むほど空想に耽りたい気分ではないらしい。ハマレナイのだ。
エッセイとは日常生活の「小」発見総まとめ、みたいなものであり、会話に出すほどのものではない、話言葉にすると、途端にその価値が薄れちゃうような気がする、でもこれ、このつぶやき、誰かに聞いて欲しいんだよね、聞いてくれるだけでいいんだけど、みたいな、腰の低さが好きだ。しかし、重さ的には小説10冊分くらいになるのではなかろうか、と思えるような名言がポンと飛び出したりするので、油断できない。
とにかく、これをテーマに書きました!愛!!みたいな、そういう重さを求めたくない時期らしい。
という訳で、いとうせいこうのボタニカル・ライフを読んでいる。
カレル・チャペックを読んだ時には、園芸家と自分とに大きなギャップを感じてしまったけれど、せいこうさんのエッセイを読んだらとても触発され、こっそり裏庭の土をいじりたくなってくる。さっそくアボカドを買ってこようかという気になってくる。種をゲットする為に。
お手軽だからこそ楽しく、責任はなく、思いつめずに、気付くとどんどんはまっていく。
そんな楽しみを沢山見つけたい。
その為のヒントとして、エッセイを読んでいる。
Friday, May 01, 2009
Spring has come?
あ、あ、あ、い、う。
えー。
漢字の持つ力に疲れると、やわらかなひらがなをならべたくなりますけれども。さて。
灯台下暗し、と言いますが、私が住んでいる街の魅力に気付いたのは、20も後半を過ぎてからです。
確かに十数年暮らしているはずなのに、この近くに住みたくて引っ越してこられた方のほうが私より色々なお店を知っていらっしゃる、ということに、少々危機感を抱くことが度々。それ以来、ぶらり途中下車の旅、的な目線でお散歩することを心がけるようになりました。
すると、目から鱗、どころか、頭から鱗が落ちるような新鮮さが街並みに隠されておりました。自然食品のお店、新鮮なお魚やさん、住宅街にひっそりと佇むカフェ。
それでも、意外と全ては網羅できていないものです。日大通りの入り口近くに、素敵コーヒー屋さんを発見したのはつい最近のこと。小さなスペースながら、扱っている種類はかなり多く、時間があれば試飲もさせて頂けます。
「良かったら、どうぞ。」と勧められるがまま、待つこと数分。日本茶が似合いそうな器に、少し注がれたコーヒー。今まで私が毎朝飲んでいたのは、一体何だったのだろう、と首を傾げてしまうくらい、美味しいコーヒーを頂くことができました。
その味が忘れられず、ついbodumのプレスコーヒーメーカーを購入してしまいました。新しくコーヒー豆をゲットするのが楽しみでございます。その際は、モチロン粗引きで☆
えー。
漢字の持つ力に疲れると、やわらかなひらがなをならべたくなりますけれども。さて。
灯台下暗し、と言いますが、私が住んでいる街の魅力に気付いたのは、20も後半を過ぎてからです。
確かに十数年暮らしているはずなのに、この近くに住みたくて引っ越してこられた方のほうが私より色々なお店を知っていらっしゃる、ということに、少々危機感を抱くことが度々。それ以来、ぶらり途中下車の旅、的な目線でお散歩することを心がけるようになりました。
すると、目から鱗、どころか、頭から鱗が落ちるような新鮮さが街並みに隠されておりました。自然食品のお店、新鮮なお魚やさん、住宅街にひっそりと佇むカフェ。
それでも、意外と全ては網羅できていないものです。日大通りの入り口近くに、素敵コーヒー屋さんを発見したのはつい最近のこと。小さなスペースながら、扱っている種類はかなり多く、時間があれば試飲もさせて頂けます。
「良かったら、どうぞ。」と勧められるがまま、待つこと数分。日本茶が似合いそうな器に、少し注がれたコーヒー。今まで私が毎朝飲んでいたのは、一体何だったのだろう、と首を傾げてしまうくらい、美味しいコーヒーを頂くことができました。
その味が忘れられず、ついbodumのプレスコーヒーメーカーを購入してしまいました。新しくコーヒー豆をゲットするのが楽しみでございます。その際は、モチロン粗引きで☆
Tuesday, April 28, 2009
Time is money?
最近、日常生活をきちんとこなす、という部分にかなりの労力を注いでいたため、足りない脳みそがさらにしぼんでいました。
”Time is money”であるならば、時間の損失とともに、その通り確実にお金を失っている日々を過ごしていた訳でございます。
しかしながら、意外とinputはしておりました。「暮らしの手帖」的な生活を送って、かなり丁寧に家事をこなしている反面、「マキアージュ」とかもチラ見して、何故かその隣に「クロワッサン」と「クーリエ」があって、お風呂には「グレート・ギャツビー」が涙の跡と共に転がっている、という年齢も嗜好もよく分からない人、、そろそろ女性セブン、とか読まないといけないのかな。まあいいか。
今更だけど、なんかこうRSSリーダーとかで簡素化された情報ばかり見ていると、「紙」が恋しくなったりするのです。
そして、何というか、最近、「新しいテクノロジー」とか見ていても、いまいち前と同じような感動が得られないのです。
確かに"cooliris"とか見たときは、オオッ、と一瞬思ったり、そのまま小一時間、Firefoxのアドオンを充実させることに夢中になりはしましたけど。
最近、やはり3D関連のニュースが目白押しだし、クラウドコンピューティング、とかいう言葉が一人歩きしていたりするけれど、
どうもインターネットの行く末が、個人のマインドマップ的なもの(?)を共有する方向に収束しているように思えてならず、思わずユングの本を手に取り、パラパラとめくってみたり。
「全てを共有したい」人達の最終形態は恐らく”ニューロンネット”だろう、という結論を自分の中で出してからというものの、むしろ興味は別なものに移りつつあります。
あ、でもでも、もしPCからばーんとパンとかが出てくるようになったら、やっぱりびっくりすると思います。
「幸せになろうとしている瞬間が一番幸せである」とはいえ、怠け者はぼーっとしているのが一番幸せだったりします。
しかしながら、たまにはアウトプットする方が良いのかも。自分向けの日記だとどうも文章ではなく変な図形を書いて何となく納得してしまったりします。ということで、細々とBlogを続けてみたいと思います。
”Time is money”であるならば、時間の損失とともに、その通り確実にお金を失っている日々を過ごしていた訳でございます。
しかしながら、意外とinputはしておりました。「暮らしの手帖」的な生活を送って、かなり丁寧に家事をこなしている反面、「マキアージュ」とかもチラ見して、何故かその隣に「クロワッサン」と「クーリエ」があって、お風呂には「グレート・ギャツビー」が涙の跡と共に転がっている、という年齢も嗜好もよく分からない人、、そろそろ女性セブン、とか読まないといけないのかな。まあいいか。
今更だけど、なんかこうRSSリーダーとかで簡素化された情報ばかり見ていると、「紙」が恋しくなったりするのです。
そして、何というか、最近、「新しいテクノロジー」とか見ていても、いまいち前と同じような感動が得られないのです。
確かに"cooliris"とか見たときは、オオッ、と一瞬思ったり、そのまま小一時間、Firefoxのアドオンを充実させることに夢中になりはしましたけど。
最近、やはり3D関連のニュースが目白押しだし、クラウドコンピューティング、とかいう言葉が一人歩きしていたりするけれど、
どうもインターネットの行く末が、個人のマインドマップ的なもの(?)を共有する方向に収束しているように思えてならず、思わずユングの本を手に取り、パラパラとめくってみたり。
「全てを共有したい」人達の最終形態は恐らく”ニューロンネット”だろう、という結論を自分の中で出してからというものの、むしろ興味は別なものに移りつつあります。
あ、でもでも、もしPCからばーんとパンとかが出てくるようになったら、やっぱりびっくりすると思います。
「幸せになろうとしている瞬間が一番幸せである」とはいえ、怠け者はぼーっとしているのが一番幸せだったりします。
しかしながら、たまにはアウトプットする方が良いのかも。自分向けの日記だとどうも文章ではなく変な図形を書いて何となく納得してしまったりします。ということで、細々とBlogを続けてみたいと思います。
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