「鼻血」って光ってた。
3色のフランスパンが飾ってあった。国旗になってた。
フランス大使館がもうすぐ無くなる。
いい空気が流れている土地にいるとエネルギーがチャージされていくけれど、やっぱりあの近辺に行くと何となく落ち着く。
それでもやっぱり旅に出たい。
Sunday, January 31, 2010
Sunday, January 24, 2010
メモの分散化
思い付くことを思い付くままに書いていくメモが分散化されている。
ルイス・バラガンの作品を見て抱く感情。
真の孤独とは何かということを彼はよく理解していて、だからこそ彼は孤独ではなかったのでは、と。
アートは自由であり、孤独を愛する人のためのものである。
斬新な色の組み合わせを見て抱く感覚。
非日常的な明暗を見て抱く意外性。
対象は何でも良いのだ。
「それ」が人であろうと、モノであろうと、俗物的であろうと、高尚と呼ばれるものだろうと、何かインスパイアされ、感動できれば人は元気になる、ということだ。
ルイス・バラガンの作品を見て抱く感情。
真の孤独とは何かということを彼はよく理解していて、だからこそ彼は孤独ではなかったのでは、と。
アートは自由であり、孤独を愛する人のためのものである。
斬新な色の組み合わせを見て抱く感覚。
非日常的な明暗を見て抱く意外性。
対象は何でも良いのだ。
「それ」が人であろうと、モノであろうと、俗物的であろうと、高尚と呼ばれるものだろうと、何かインスパイアされ、感動できれば人は元気になる、ということだ。
Tuesday, January 12, 2010
逆視点
「空間を機能化するのではなく、機能を空間化する」
「装飾とは人間にとって根源的な要求である」
建築と健康。
両者を結びつける接点はどこにあるのか探っていたけれど、つまり、
手段ではなく、目的そのものに焦点を当てるということだろうか。
日本人的な「もったいない」という思考が歪曲化すると、装飾が無駄であると定義しがちだからこそ、
内井は西洋的な要素を取り入れることに固執したのだろうか。
テキスタイルの人が元気になる色を、セピア色の日本の街に投入する夫人。
「人間」にとって根源的であるということ。それを求め続ける建築。
人間の幸せは、つまり、根源的である存在を探り続けることであるということ。言い換えれば、「それ」が根源的であるという定義は、その時々、状況によって変化してもいいのだということ。
その視点を忘れないようにすれば、悩みの大半は解消できるのかもしれない。
10年ぶりの美術館。
10年前はジェームズ・タレルを見た。
何も分かっていない子供だった。
今も何も分かっていない子供だけれど、自分は何も分かっていない人間だということを理解している。
今はそれで充分だと思えた。
「装飾とは人間にとって根源的な要求である」
建築と健康。
両者を結びつける接点はどこにあるのか探っていたけれど、つまり、
手段ではなく、目的そのものに焦点を当てるということだろうか。
日本人的な「もったいない」という思考が歪曲化すると、装飾が無駄であると定義しがちだからこそ、
内井は西洋的な要素を取り入れることに固執したのだろうか。
テキスタイルの人が元気になる色を、セピア色の日本の街に投入する夫人。
「人間」にとって根源的であるということ。それを求め続ける建築。
人間の幸せは、つまり、根源的である存在を探り続けることであるということ。言い換えれば、「それ」が根源的であるという定義は、その時々、状況によって変化してもいいのだということ。
その視点を忘れないようにすれば、悩みの大半は解消できるのかもしれない。
10年ぶりの美術館。
10年前はジェームズ・タレルを見た。
何も分かっていない子供だった。
今も何も分かっていない子供だけれど、自分は何も分かっていない人間だということを理解している。
今はそれで充分だと思えた。
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