都会の真ん中、東京タワーがででんと目の前にそびえる美術館、It's mori! に行ってきた。
現代美術とやらと向き合う時、最初は何となく疲弊する。でも、囲いで覆われた別世界を出ると、よく分からないエネルギーが蓄積されていることに気付く。
それは、絶妙なロケーションによるマジックなのかもしれないけれど。
お金ではなく、もっと大きな何者かと闘っている人達の作品は、痛々しい。それはそれは壮絶な闘いが繰り広げられている。やり尽くされた手法から、少しでも新しいモノを生産する為に、身を削っている人達。それが斬新かどうかの判断は、一体誰が下すんだろう、とぼんやり思った。そんな神みたいな権限、持っていいんだろうか。聞け、答えよ、と笑いながら禅問答しているラサの一コマ。
どっと疲れた後、エスカレーターを下ると、小さなビルが沢山見える。小さな東京タワーが見える。行きと同じはずなのに、違う景色に見える。
昼間見る東京タワーの方が贅沢に思えた。
自由に楽しく生きている人が一番、という誰かが言ったコトバと、村上龍の「無趣味無趣味」が頭の中で交錯していた。でも、すごく清々しくて、アイスが美味しかった。そんな一日だった。
Wednesday, May 27, 2009
Sunday, May 24, 2009
どこまでも演出
在学中、福田和也さんの本を読んだことは無かった。
強いていえば、spaの連載をたまに読んでいたくらい。当時は、うら若い(?)女子大生だけどオヤジ本を持っている私はそう、ギャッパーなのよ、という適当な感じでspaを持っていた。
きっとそれが自分なりの抵抗だったのだと思う。世間的な記号だとか、ブランド力だとか、そういったものに対する、無意識的な逆ナルシシズム。否、もしかすると、記号に傾倒したり、分類してしまうと、自分がフツーだということに気付いてしまう、だからこそ、人と違うんだぞ的な匂いを漂わせたかったという、真っ青なナルシシズムだったのかもしれないけれど。
今になって福田さんの悪の~シリーズを読んでいると、「演出」だとか、そういった打算的なものに対する抵抗感はすっかり薄れていることに気付かされる。
それでも、少し思う。どんな人でも持っているであろうナルシシズムを、これでもかとわざわざ突きつけて、どうせならもっとあざとくやろうぜ、的な提案をしなくてもいいのでは、と。
と同時に、もし反発心を煽ることが目的であれば、その通りに反応してしまったら、彼の思うツボなのでは、、とか。
要は、みんなが曖昧にしていたいけれど、隠しておきたいけれど、それはもう如実に知的レベルの階級は存在しているね、ってことを、突きつけたい。でも、そうすると、それを認めたくない人達が反発したりする。それすらも、彼の目論見の中に含められていて、こんな嫌な奴を論破してみろ、とあっかんベーしている。
サービス精神旺盛な「悪役」がいないとプロレスは盛り上がらないのだ。だからこそ、タイトルに「悪の~」と分かりやすく示してる。
まさにこれは「毒本」であり、良質のガイドブックである。
彼の目論見通り、もっと沢山本を読もうと思った。読んでいること自体がアピールになるような本を、できるだけ沢山。
強いていえば、spaの連載をたまに読んでいたくらい。当時は、うら若い(?)女子大生だけどオヤジ本を持っている私はそう、ギャッパーなのよ、という適当な感じでspaを持っていた。
きっとそれが自分なりの抵抗だったのだと思う。世間的な記号だとか、ブランド力だとか、そういったものに対する、無意識的な逆ナルシシズム。否、もしかすると、記号に傾倒したり、分類してしまうと、自分がフツーだということに気付いてしまう、だからこそ、人と違うんだぞ的な匂いを漂わせたかったという、真っ青なナルシシズムだったのかもしれないけれど。
今になって福田さんの悪の~シリーズを読んでいると、「演出」だとか、そういった打算的なものに対する抵抗感はすっかり薄れていることに気付かされる。
それでも、少し思う。どんな人でも持っているであろうナルシシズムを、これでもかとわざわざ突きつけて、どうせならもっとあざとくやろうぜ、的な提案をしなくてもいいのでは、と。
と同時に、もし反発心を煽ることが目的であれば、その通りに反応してしまったら、彼の思うツボなのでは、、とか。
要は、みんなが曖昧にしていたいけれど、隠しておきたいけれど、それはもう如実に知的レベルの階級は存在しているね、ってことを、突きつけたい。でも、そうすると、それを認めたくない人達が反発したりする。それすらも、彼の目論見の中に含められていて、こんな嫌な奴を論破してみろ、とあっかんベーしている。
サービス精神旺盛な「悪役」がいないとプロレスは盛り上がらないのだ。だからこそ、タイトルに「悪の~」と分かりやすく示してる。
まさにこれは「毒本」であり、良質のガイドブックである。
彼の目論見通り、もっと沢山本を読もうと思った。読んでいること自体がアピールになるような本を、できるだけ沢山。
Thursday, May 21, 2009
エッセッセエッセイ
最近、エッセイばかり読んでいる。
さらっと読める、ということもあるけれど、どうも小説を読むほど空想に耽りたい気分ではないらしい。ハマレナイのだ。
エッセイとは日常生活の「小」発見総まとめ、みたいなものであり、会話に出すほどのものではない、話言葉にすると、途端にその価値が薄れちゃうような気がする、でもこれ、このつぶやき、誰かに聞いて欲しいんだよね、聞いてくれるだけでいいんだけど、みたいな、腰の低さが好きだ。しかし、重さ的には小説10冊分くらいになるのではなかろうか、と思えるような名言がポンと飛び出したりするので、油断できない。
とにかく、これをテーマに書きました!愛!!みたいな、そういう重さを求めたくない時期らしい。
という訳で、いとうせいこうのボタニカル・ライフを読んでいる。
カレル・チャペックを読んだ時には、園芸家と自分とに大きなギャップを感じてしまったけれど、せいこうさんのエッセイを読んだらとても触発され、こっそり裏庭の土をいじりたくなってくる。さっそくアボカドを買ってこようかという気になってくる。種をゲットする為に。
お手軽だからこそ楽しく、責任はなく、思いつめずに、気付くとどんどんはまっていく。
そんな楽しみを沢山見つけたい。
その為のヒントとして、エッセイを読んでいる。
さらっと読める、ということもあるけれど、どうも小説を読むほど空想に耽りたい気分ではないらしい。ハマレナイのだ。
エッセイとは日常生活の「小」発見総まとめ、みたいなものであり、会話に出すほどのものではない、話言葉にすると、途端にその価値が薄れちゃうような気がする、でもこれ、このつぶやき、誰かに聞いて欲しいんだよね、聞いてくれるだけでいいんだけど、みたいな、腰の低さが好きだ。しかし、重さ的には小説10冊分くらいになるのではなかろうか、と思えるような名言がポンと飛び出したりするので、油断できない。
とにかく、これをテーマに書きました!愛!!みたいな、そういう重さを求めたくない時期らしい。
という訳で、いとうせいこうのボタニカル・ライフを読んでいる。
カレル・チャペックを読んだ時には、園芸家と自分とに大きなギャップを感じてしまったけれど、せいこうさんのエッセイを読んだらとても触発され、こっそり裏庭の土をいじりたくなってくる。さっそくアボカドを買ってこようかという気になってくる。種をゲットする為に。
お手軽だからこそ楽しく、責任はなく、思いつめずに、気付くとどんどんはまっていく。
そんな楽しみを沢山見つけたい。
その為のヒントとして、エッセイを読んでいる。
Friday, May 01, 2009
Spring has come?
あ、あ、あ、い、う。
えー。
漢字の持つ力に疲れると、やわらかなひらがなをならべたくなりますけれども。さて。
灯台下暗し、と言いますが、私が住んでいる街の魅力に気付いたのは、20も後半を過ぎてからです。
確かに十数年暮らしているはずなのに、この近くに住みたくて引っ越してこられた方のほうが私より色々なお店を知っていらっしゃる、ということに、少々危機感を抱くことが度々。それ以来、ぶらり途中下車の旅、的な目線でお散歩することを心がけるようになりました。
すると、目から鱗、どころか、頭から鱗が落ちるような新鮮さが街並みに隠されておりました。自然食品のお店、新鮮なお魚やさん、住宅街にひっそりと佇むカフェ。
それでも、意外と全ては網羅できていないものです。日大通りの入り口近くに、素敵コーヒー屋さんを発見したのはつい最近のこと。小さなスペースながら、扱っている種類はかなり多く、時間があれば試飲もさせて頂けます。
「良かったら、どうぞ。」と勧められるがまま、待つこと数分。日本茶が似合いそうな器に、少し注がれたコーヒー。今まで私が毎朝飲んでいたのは、一体何だったのだろう、と首を傾げてしまうくらい、美味しいコーヒーを頂くことができました。
その味が忘れられず、ついbodumのプレスコーヒーメーカーを購入してしまいました。新しくコーヒー豆をゲットするのが楽しみでございます。その際は、モチロン粗引きで☆
えー。
漢字の持つ力に疲れると、やわらかなひらがなをならべたくなりますけれども。さて。
灯台下暗し、と言いますが、私が住んでいる街の魅力に気付いたのは、20も後半を過ぎてからです。
確かに十数年暮らしているはずなのに、この近くに住みたくて引っ越してこられた方のほうが私より色々なお店を知っていらっしゃる、ということに、少々危機感を抱くことが度々。それ以来、ぶらり途中下車の旅、的な目線でお散歩することを心がけるようになりました。
すると、目から鱗、どころか、頭から鱗が落ちるような新鮮さが街並みに隠されておりました。自然食品のお店、新鮮なお魚やさん、住宅街にひっそりと佇むカフェ。
それでも、意外と全ては網羅できていないものです。日大通りの入り口近くに、素敵コーヒー屋さんを発見したのはつい最近のこと。小さなスペースながら、扱っている種類はかなり多く、時間があれば試飲もさせて頂けます。
「良かったら、どうぞ。」と勧められるがまま、待つこと数分。日本茶が似合いそうな器に、少し注がれたコーヒー。今まで私が毎朝飲んでいたのは、一体何だったのだろう、と首を傾げてしまうくらい、美味しいコーヒーを頂くことができました。
その味が忘れられず、ついbodumのプレスコーヒーメーカーを購入してしまいました。新しくコーヒー豆をゲットするのが楽しみでございます。その際は、モチロン粗引きで☆
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