そう、思えば小さい頃からダンパーペダルが好きだった。広がって伸びていく音が好きだったのだ。
指がなまるから上手になるまではあまり使っては駄目と先生に止められたけれど、ダンパーペダルを使う部分が近付くとわくわくして、早く沢山ペダルを使う曲を弾きたくて仕方なかった。
フィッシュマンズを久々に聴きながら、音楽遺伝子の存在について考えながら、そんなことを思い出していた。ぼんやりと広がる音が好きなのは、いつからだったのだろうか。おなかの中にいた時から?
視覚的にもぼんやりとして明るいものが好きだったりする。それはいつから?
音楽の好みというと漠然としていて幅広いけれど、好きな周波数というのは何となく遺伝してる気がする。
私にとって未来的だと感じる音を聴くと脳内で飛行機が飛んでる感覚がする。右に振られ、左に振られ、せわしない。一度聴いてもう斬新ではなくても、確実にその過去、未来の時間軸は私の中の指標としてその周波数が刻み込まれている。テルミンの音は世界最古の電子音でありながら、未だに未来的なものとして感じられるのだ。
しかし、産まれた時からずっとテクノばっかり聴かせて育てた子供に、ある日突然クラシックを聴かせたら、その子供は一体どう感じるのだろう。生音が未来的だと感じるのだろうか。
感覚、色と音楽を組み合わせる。恐らく、絶対音感が後天的に取得可能であるのと同じように、色彩+音楽の共感覚も後天的に身に付けられるのでは。どうやってリンクされるのかは分からないけれど、確実に音には色も形もある。どんな音楽を聴いても、無味無臭ではないのだ。
Tuesday, November 17, 2009
Subscribe to:
Post Comments (Atom)
No comments:
Post a Comment