Thursday, October 14, 2010

脳みそが

うに。っていう表現は誰が最初に言い出したんだろうか。おすし屋さんでふと思ったんだろうか。
でも、脳みそがうに、っていうと、伝わるよね。脳みそ、うに状態ってこと。
うにうに、っていう語幹が日本人にとってなんかそういうニュアンスを醸し出しているんだろうか。
とか。
脳みそがうにの時に考えていた。あーうに!!

Sunday, October 10, 2010

なんだろー

もともとない。butしかしhoweber英語で文章を書くことに日々心を砕いていると、どうも思考力がどんどんどんどん低下してしまうような。今、やっと4 years oldのような。
つらつらと文章を書くことには、意味が無いようでいて意味があるのだ。誰かも言ってた。どーでもいいことを呟くのはかなりのストレス解消になる、だからTwitterさんも流行っているのだと。
確かにTwitterはSNSでありながら、ストレス値が低い。というのも、何かあるたびに呟くと、情報の分量が多く、かつ、自分のネットワーク内にいない方の情報も見れるため、相対的に自分の情報の価値が下がるのだ。ということで、例えば自分のネットワーク内にいる人がどーんと落ち込んでいる時に、遊びに行って超楽しかったー、とか非常にお気楽ゴキラクな日記を書いてしまったー、超ヒンシュク!とか、そういう繊細な心遣いが必要にならない。

まーそこまで考えると多少病んでるけど、やっぱしMixiとかは繊細な仕組みじゃないよなーという気がする。長期的に考えてみると、やはりインターネットに対して、情報をクローズトにする、という行為は相反する動きとなってしまうのだ。ただ、そこにお金という付加価値を加えて新たなビジネスを展開している人を見ていると、やぱやり手だよなーとか思う。でもさ、冷静に考えると、もはやゲームとかSNS内でやる必要性、ないような。でも要するにゲームとかも既存の囲い込みネットワーク網を利用する方向性に向かっている訳で。
枠で括るというより、緩く繋がる。そして、「分類」する。それが今後、ネット社会で成功する仕組みのキーワードとなるとか。ならないとか。頭いい人が日々色んなこと考えるから、アイデア飽和状態になってるけど、それでも何かあるんだと思う。
ネットワークの統計とか数値化するのではなく、もっと視覚的に優れていて、創造的な客観的指標を作ることはできないんかな。今のところ+位置情報の組み合わせで、地図情報と組み合わせるとか、そういうのしか見たことないけど。位置情報、時間軸とか、全部数値が基盤となっていて、まーこの情報も大元は全部単なる二種類の数字なのかもしれないけど、そこを何とかしてもっとあっと驚くものと組み合わせると面白いんじゃなかろうか。

あと、野菜スティックバーがあったら流行るかなーとか、考えていた。っていうか、野菜スティックが食べたいだけだった。

Friday, October 01, 2010

キーススキー

そうか。
Balladeは”I fall in love too easily"だったのね。
ラストのC Majorはオリジナルだったのかな。

ダイナミックというより繊細。
パワー全開というより瞑想。
おじぎは手を垂直に、キョンシーが倒れる瞬間のように。

やっぱライブはいい。
お祭りみたいな一日だったけど、今日はなんかしらないけどめっちゃ仕事正攻法な感じで過ごした挙句、カラオケに恐らく4年振りくらいに行って、しかもそれが会社の目の前のお店だったので、帰路、軽く凹む。

Friday, September 17, 2010

ウツってウソに似ている

ウツ状態の時に考え事をするとロクなことにならない。
しかし、ふと思う。
どうでもよいことで悲観的になってしまうのは、欠点だ。
でも、些細なことでじーんと感動してしまうのは、長所なのかもしれない。

ウツになりやすいのも、なんか幸せーって思うのも、全部自分だから仕方ない。

色んな人に接する仕事は絶対向いていないと思っていたけれど、流石にだいぶ慣れてきたなー。
なんだか今日は色んな人に助けられて、心配してもらって、私なんかいいことしたかしら、と思った。
本気か言葉だけなのかは、声を聴けば分かる。音楽みたいに。
陰徳陽報+仏の顔は3度まで、で、絶妙なバランスが構築されている、今日この頃。

Thursday, September 16, 2010

今日は

雨がたくさん降っていた。
雨は好き、なのです。
家の中にいるときに聴く雨の音は、本当にきれい。
濡れて外に出るのもまた気持ちが良い。
そんな季節。夏の終りと秋の始まり。

考えていた。
痛々しいと人を評価する人もまた同じ土俵に立っているということを。
修飾字的に冗談でごまかすか、それとも直接的な言葉で表現するのか、その違いでしかない。
ダイレクトに人に響くのは、やはり音楽なのか。
昨日言われた言葉。
「あなたは音楽が好きなんだね」と。
「何者にもなれなくても、それでいい。生活に音楽が必要なんだね」と。
音には全てが出てしまう。言葉では誤魔化せないことが。自分でも気付いていないことが。

外人さんに囲まれて、空虚な時間を過ごす。
英語は上達するだろう。
しかし、HSPに当たる確立は20%つまり残りの80%は疲弊する。
お金の仕組みを知って、馬鹿らしく思う。
為替の操作で利益は出る。でもその分だけ、疲弊してしまうのだ。
それはいくつになっても、慣れないのだろう。
人にとって価値があることと、お金が発生する仕組みにはずれがある。
だからこそ、片方に傾いてはいけない。バランスが保てないから。

Friday, August 13, 2010

成果とは

週の前半は最悪な気持ちで、もー駄目と瀕死状態に陥った。
頭使いなさい、と師匠に言われ、ダイアトニックコードを復習した。
そこで、苦手だなあと思う人が自分より優れている部分を見つけて質問して、色々教えてもらった。
やっぱり最初はぎこちなかったけれど、随分と共通点があることに気付いた。

なんだーー。いい人じゃないですか。
そしたら苦しい気持ちはゆるゆるになって、新しい仕事を任された。仕事に人生の沢山の部分を費やしたいと今は思っていないけれど、やっぱり人のモチベーションは誰かに頼むよ、よろしくね、と言われてむくむくと沸き上がってくるものなんだなあと思った。
結果的にもらえる報酬は、一時的なモチベーションアップにしかならない、むしろ長期的に見るとマイナスだ、という説は、本当だなあとぼんやり思った。

Sunday, August 08, 2010

where is

城戸崎邸を探しているのですが、世田谷区、うーん、これどっかで見た記憶が。。
Where is!?実はすごい近くにあったりして。

しかしながら大学時代はコンクリは冷たい感じがするとか思っていたけれど、無知ね駄目ねと思う反面、その先入観なしの感覚というものは正しくて、ものは言い様。と自己完結してみるものの、直島は素敵だったのですよ。
また行きたいな。

Saturday, August 07, 2010

モチベーションの再構築

夜更かしできるのが幸せーーと思うなんて、何てマトモな生活に戻ったんでしょう。。あはは。

モチベーションが下がってしまうのは、やっぱり悲しいことで、
今日知ったのは草食ブラック企業、ってな訳で、
やっぱり人間は欲深くて、でもハッとする。

駄目だ。
いかん。
そーじゃない。

忘れてはいかんのです。
でも不思議なことに、安定を手に入れた途端、
全てがつまらなくなっちゃったり、
超える山が小さかったのか、方向性を変えただけのつもりが、
いつの間にか下山しちゃってたのかと思ったり。

いくつになっても結局やりたいことは、
時間だけが無尽蔵にあった、(正確にはあると思っていた)
学生の頃に取っていた行動へとループしていくんだなあ、、と思ったり。
或いはやりたかったことか。
随分と興味の幅は広がった気がしていたけれど、
まだまだ知らないことは沢山あって、時間を効率的に使いたいと思う反面、
何もせずぼーっとしている時間が幸せだったりして、
とりあえず前より今、ふつう、という名の下で、うんと幸せなんだと思う。

Sunday, May 23, 2010

English

I was worried about the subtle difference of words which is caused because I am not a native, but finally I found a useful method to prove.
Use google search to know how many people use the expression in a sentence.

I realized the convenience of internet for many times , especially when I want to know the information in different languages. Moreover, I can use internet as if they were my English teacher to point out my mistakes.

I still have some worries, but now I find myself to enjoy the process for writing complete sentences in English.

Sunday, January 31, 2010

忘れていたもの

「鼻血」って光ってた。
3色のフランスパンが飾ってあった。国旗になってた。

フランス大使館がもうすぐ無くなる。

いい空気が流れている土地にいるとエネルギーがチャージされていくけれど、やっぱりあの近辺に行くと何となく落ち着く。

それでもやっぱり旅に出たい。

Sunday, January 24, 2010

メモの分散化

思い付くことを思い付くままに書いていくメモが分散化されている。

ルイス・バラガンの作品を見て抱く感情。
真の孤独とは何かということを彼はよく理解していて、だからこそ彼は孤独ではなかったのでは、と。

アートは自由であり、孤独を愛する人のためのものである。

斬新な色の組み合わせを見て抱く感覚。
非日常的な明暗を見て抱く意外性。

対象は何でも良いのだ。
「それ」が人であろうと、モノであろうと、俗物的であろうと、高尚と呼ばれるものだろうと、何かインスパイアされ、感動できれば人は元気になる、ということだ。

Tuesday, January 12, 2010

逆視点

「空間を機能化するのではなく、機能を空間化する」
「装飾とは人間にとって根源的な要求である」

建築と健康。
両者を結びつける接点はどこにあるのか探っていたけれど、つまり、
手段ではなく、目的そのものに焦点を当てるということだろうか。

日本人的な「もったいない」という思考が歪曲化すると、装飾が無駄であると定義しがちだからこそ、
内井は西洋的な要素を取り入れることに固執したのだろうか。
テキスタイルの人が元気になる色を、セピア色の日本の街に投入する夫人。
「人間」にとって根源的であるということ。それを求め続ける建築。

人間の幸せは、つまり、根源的である存在を探り続けることであるということ。言い換えれば、「それ」が根源的であるという定義は、その時々、状況によって変化してもいいのだということ。
その視点を忘れないようにすれば、悩みの大半は解消できるのかもしれない。

10年ぶりの美術館。
10年前はジェームズ・タレルを見た。
何も分かっていない子供だった。

今も何も分かっていない子供だけれど、自分は何も分かっていない人間だということを理解している。
今はそれで充分だと思えた。